創作について

「隷書」は横画が特徴的な書体。左から右への運筆の反動とスピードがそのまま波勢や※波磔(はたく)となり、文字全体にリズムが生まれる。
起筆は※蔵鋒(ぞうほう)または※逆筆(ぎゃくひつ)で、文字と文字が水平に揃うように、かつ全てを均等に書くのは難しい。
私は30代中頃から、とりわけ※金農(きんのう)という書家の隷書を※臨書(りんしょ)していた。
頭デッカチな全貌、かつボリューム豊かな線質、巧みな側筆。金農の文字は非常に特殊なのだ。
その金農の臨書を続ける一方で、今までにない書体を模索していた私は、ある日ふと幼少時代の缶蹴り遊びを思い出した。
「上から踏みつけられた分だけ横長に薄くなった缶。でも缶の質量は変わらない…。そうか」この時頭の中であるイメージが閃いた。
それから私は一字一字が横長であるという隷書の基本に立ち返り、横画の伸びを思いきってぐんと強調し、
極端なまでに扁平な隷書を書いてみた。
この試みこそが、私の書に対する挑戦だった。
※波磔(はたく)…横画の終筆に見られる三角状の払い
※蔵鋒(ぞうほう)…起筆部で筆の穂先を包み隠すこと
※逆筆(ぎゃくひつ)…進行方向と逆方向に筆を入れ、進行方向に逆らって筆の鋒先を押すように筆を運ぶこと
※金農(きんのう)…号は冬心(とうしん)。1687年〜1764年、清時代の書家
※臨書(りんしょ)…古今の優れた書を手本とし、練習すること

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